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亀石坊

 投稿者:博多っ子  投稿日:2017年 6月 9日(金)14時42分7秒
  初めまして、博多からの初投稿です。
貴兄の庭園ブログを頼りに近隣の庭園を回っています。
大変お世話になっております。感謝です。
つきましては先日、英彦山の亀石坊を鑑賞してきました。
この庭園に関しては雪舟作が濃厚だと言われているそうですね。
最初は鑑賞ポイントがつかめず焦りましたし真ん中に巨石が置かれていて極端な石組に思えたのですが
しばらく鑑賞しているうちにさながらダヴィンチコードのようなポイントを見つけましたので写真を添付します。
池の中に立っている蓬莱のような小さな立石に向かって視界に入るほぼ全ての石の方向が集中しています。
京都の芬陀院はもちろん山口の常栄寺なども巡りましたがこんな強烈な視点を持った雪舟の庭をまだ知りません。
いえ、他の作庭家の手になる庭も含めてこんな鮮烈な石組を見たことがありません。
この視点を見つけた途端、最初の印象と正反対にこの庭がとてつもなく力強く見えました。
ではご報告まで、失礼します。

追伸、英彦山には貴兄が回られた庭以外にも幾つかの廃墟庭園が山の中に残されています。
もしご希望でしたらまた画像を添付します。では。
 
 

PCの復活

 投稿者:ほあぐら  投稿日:2017年 5月 6日(土)18時25分41秒
   3月の末か4月の初めに、長年愛用したPCが突然ピーピーっと音を立てて
画面が真っ黒になり、全く機能しなくなってしまいました。
 友人のPCエンジニアに相談すると、PC本体は先ず使い物にならないが、
ハードディスクが生きていればデータなどは復活するかもしれない、という診
断でした。
 新しい機材を選択・購入するのに時間がかかりましたが、ようやく復帰。
 データの生きていた古いHDも一緒に組み込めたので、むしろ容量が倍増し
て余裕が出来ました。
 それにしても、PCに支障が出ると、大きなストレスになるものですね。
 多方面で御迷惑をおかけしましたが、完全に復活しております。
 

石造ロマン

 投稿者:ほあぐら  投稿日:2017年 2月21日(火)12時01分13秒
編集済
   こまじろうさん、“ついで”をどうも。
 知恩院の九重石塔の写真を拝見しました。
 これは明らかに、京都千本えんま堂(引接寺)の九重石塔のコピーですね。
裳階や基礎の地蔵小像群、胎蔵界四仏の梵字と顕教四仏の彫像の併用、などと
てもユニークな石塔を、見事にコピーしています。ただ、相輪に耳は付いてい
ません。(真ん中で破損していますが)
 こんなのが在るんですね。びっくりしています。
 えんま堂の石塔(南北朝)の写真、掲載しておきます。
 屋根の優雅な反り曲線がまるで違いますが・・・

 養徳院の十三重塔ですが、制作年代は確かに解りません。しかし、伝統的な
鎌倉~南北朝期の石塔の様式を踏襲していますので、朝鮮半島の百済や新羅の
石塔とは明らかに違っています。
 

参考情報

 投稿者:こまじろう  投稿日:2017年 2月20日(月)21時32分1秒
  手間は・・・ここでいま案内をしていますので全くありません。単なるついでです。
さて、知恩院の九重塔は大正11年製です。こんなもの載せたら楽しみを奪うことになるかもしれませんがこちらの写真も載せときます。
四方仏の上に梵字・・・四面みな同じですが・・・もついてますし、
下にお地蔵さんも居てはってなかなか面白いです。
形そのものは養徳院のともにてますが
養徳院のは新しいように見えますが、保存が良いということで、ホントに朝鮮半島からやってきた古いものかもしれないと、ご住職は石の年代を確認中なんだそうです。そのほうがロマンがあって楽しいと思います。
 

推論の楽しさ

 投稿者:ほあぐら  投稿日:2017年 2月20日(月)15時20分29秒
編集済
   こまじろうさん、どうも。
 早速、貴重なお写真を撮影・掲載していただき、有難う御座いました。
 初重軸部の四方仏(阿弥陀像)がとても魅力的で、整然とした美しい十三重
石塔ですね。

 “耳”の付いた相輪につきましては、こうした層塔に用いられる事例を余り
知りません。聚光院宝塔の事例もそうですが、相輪の構造が繊細なために彫刻
が難しく、折れたりバラバラになってしまうことを防ぐ方策として“耳”と一
体化したのでは、と小生は思っています。

 この養徳院十三重石塔は、時代はかなり近世に近いものかと思われますが、
四方仏の彫刻の秀麗さ、屋根裏に彫り出された垂木型、ほぼ直線に近い軒の両
端の微妙な反りなど、機械的な彫りの割には端正な仕上がりになっています。
 それだけに、この落ち着いた伝統的な構造の十三重塔には、この“耳”付き
の相輪はとても不似合いに見えます。これだけの塔を彫る技術を持った石工さ
んにとって、安全を担保するために相輪に“耳”を付けるという必然性が感じら
れないのです。
 もしかすると、相輪はこの十三重塔の当初のものとは別物なのではないでし
ょうか。大胆な感想に小生自身も戸惑っておりますが、こうなりますと、知恩
院の九重石塔も拝見したくなってきました。
 五月の葵祭の季節に京都へ行く予定ですが、その節には必ず知恩院を見学し
てこようと思っています。

 貴重な発見をお知らせいただきましたが、却って御足労をお掛けする結果と
なってしまいましたこと、即座にお答えが出来なかった小生の知識不足故であ
りまして、申し訳なく存じております。
 それにしましても、“妙な”発見をなさいましたね。小生もすっかり楽しませ
ていただいております。
 

養徳院十三重石塔写真

 投稿者:こまじろう  投稿日:2017年 2月19日(日)23時16分5秒
編集済
  こんばんは 写真撮ってきました。
 

謎の耳

 投稿者:ほあぐら  投稿日:2017年 2月17日(金)11時25分7秒
編集済
   こまじろうさん、写真を有難う御座いました。
 やはりイメージ通りでしたが、素敵な写真ですね。現在では撮影どころか、
立ち入りすら出来ないようですが、何事も禅寺らしい寛容な包容力で心ある
見学者には格別の対応をお願いしたいところです。

 相輪の本来は部材ごとに(または部分的に一体化して)彫られて組み合わ
されるものですが、聚光院の宝塔(利休の墓)は、宝珠や請花や九輪などの
相輪だけでなく、宝塔全体を一石から彫ったものなんです。
 この様式が十三重石塔の相輪に用いられているのは、やはり珍しいケース
なんでしょうね。
 江戸期のものだろうと小生は記しましたが、聚光院の宝塔は利休が生前か
ら供養塔として愛用した鎌倉期の作で、後年利休が死後に墓碑としたと言わ
れています。鎌倉期の宝塔として名品とされていますが、何故相輪がこのス
タイルなのかはちょっと解りません。
 いずれにしましても、貴重な発見を有難う御座いました。次回の京都訪問
の際には、養徳院(可能ならば)と知恩院を訪ねてみることにします。
 

千利休の墓

 投稿者:こまじろう  投稿日:2017年 2月17日(金)05時55分32秒
  確かにこれ(人が撮った写真やけど)と同じようですね。  

聚光院

 投稿者:ほあぐら  投稿日:2017年 2月16日(木)19時52分24秒
  こまじろうさん

 “耳”の絵の写真をありがとうございました。
 イメージがはっきりしましたが、これで思い出しましたのは、
同じ京都の大徳寺の聚光院にあります千利休のお墓です。
 宝塔のような形のお墓の相輪部分に、絵のような輪郭が付い
ていたと思います。
 現在は写真撮影が禁止でしたので、昔のアルバムを探したの
ですが見つかりません。
 まさに、「銅鐸」というイメ-ジかもしれません。
 一般の石塔の相輪では、見た事がありませんでした。
 写真が撮れましたら、ぜひアップしていただけますか?
 楽しみにしております。
 

(無題)

 投稿者:こまじろう  投稿日:2017年 2月15日(水)20時19分19秒
  こんばんは
拡大して写したものはないので、今度勤務しに行った時に撮影してきます。
ただ御朱印帳の表紙に絵があって大きくしてみたら添付のとおりです。
そう、銅鐸のような感じというべきでしょうかねえ。
追伸)うちの組織のガイドには資格不要です。
半年ほど、とびとびで研修してもろただけです。
 

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