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<一筆投稿その43>「ワーグナーとその音楽」⑦

 投稿者:baritono / wai  投稿日:2021年 1月22日(金)17時57分12秒
返信・引用
  ◆参考【ナチスによるユダヤ人迫害】

***ホロコースト
  ホロコーストは、ナチス・ドイツによるユダヤ人や他民族への破壊、大量殺人を意味することばとして用いられている。もともとギリシャ語で「全てを焼きつくす」という意味。実際、その意味通り600万(うち子供が100万以上)のユダヤ人が大虐殺された。第二次世界大戦における日本人の死者数が310万人とされていることから、戦争をしていないのにもかかわらず、それよりも多いということになる。本当にナチスはひどいことをしたものだ。

***映画《戦場のピアニスト》

  ナチスによるユダヤ人迫害といえば、筆者の少年時代は「アンネの日記」を思い浮かべたものだが、最近では映画《戦場のピアニスト》(監督:ロマン・ポランスキー)の場面が頭をよぎる。この映画は、ご存じのとおりナチスのホロコーストを生き抜いた実在のユダヤ系ピアニストの半生を描いており、観ていると心に残るもののいささか胸が痛くなり憂鬱になる。


■■ワーグナーの音楽とアドルフ・ヒトラー■■

 ワーグナーを語るとき、どうしても避けることができないテーマである。
 念のため、アドルフ・ヒトラーはワーグナー没6年後に生まれているのでお互い直接的な関係はない。

  ヒトラーは、ローマの政治家を題材にしたワーグナーの初期作品「リエンツィ」を観劇して、政治を志すことを考え始めたとされている。

  ヒトラーがワグネリアンを自称したため、ワーグナーの作品はヨーゼフ・ゲッベルス※の発案によりナチスのプロパガンダに大いに利用されることになる。例えばナチスのニュルンベルク党大会では『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲や『リエンツィ』序曲などのワーグナー作品が演奏されている。またナチスの宣伝トーキー映画にはワーグナーの曲が多く使用されていた。

※ヨーゼフ・ゲッベルス:ナチ党政権下で国民啓蒙・宣伝大臣を務め、強制的同一化を推進する。

  さらには、ワーグナーの義娘(息子ジークフリートの妻)ヴィニフレートは熱心なナチスの後援者かつ信奉者であり、公私両面においてヒトラーと親しい関係を維持していたなど、ヒトラーはワーグナーの音楽を愛好しただけでなく、ワーグナーの家族と親交を持ち、家族からは親しみとともに「ウルフおじさん」と呼ばれていたとか。


■ヒトラーが好むワーグナー音楽の魔力性

 ワーグナーの音楽は、単調で力強いリズムが繰り返される。それが聴く人の心を元気にするとともに、徐々に興奮の渦に巻き込まれていく気分にさせる。要するにワーグナーの音楽が聴く者に陶酔をもたらすのである。そのためかどうかは知る由もないが、ヒトラーはワーグナーの音楽を好み、そのリズムで国民を興奮させ、みずからの思想に取り込んでいった。その結果が・・・。
  一概にワーグナーが悪いというわけではない。その曲の特性、つまり「音楽」は人を「洗脳」するという恐ろしい効果を知り尽くし、利用したヒトラーが巧みで計算高かったということなのだろう。

  合唱系の音楽会(合唱系の音楽会でなくても)では会場全体で声をひとつに歌うと、そこに居合わせた全員が、なにかしら心までも一つになったような気分になる。それはその場に居合わせた人たちが音楽のもっている効果によって連帯感をつくりだすことによるもので、これはこれで大いに結構なことだ。だが、音楽のもっている効果や特性をヒトラーのような独裁者の野望のために使われると多くの人の命にかかわることになる。ために、われわれは国民の義務として時の為政者に十分注意をしなければならないと筆者は思っている。


***昨今のわが国の世相を見ると、国の進路がどうも良くない方向に向いているような気がしてならない。筆者の杞憂であれば良いのだが。***


  最後に、ワーグナーとは直接関係はないが、ドイツの牧師で反ナチの指導者でもあった「マルティン・ニーメラーの言葉」を付記し、本文を終わらせてもらう。

  ナチス台頭の教訓としてのマルティン・ニーメラー牧師の警句として深い言葉である。

※フリードリヒ・グスタフ・エミール・マルティン・ニーメラー(Friedrich Gustav Emil Martin Niemöller, 1892.1.14~1984.3.6);ドイツの福音主義神学者、古プロイセン合同福音主義教会、ヘッセン=ナッサウ福音主義教会(ルター派)の牧師


☆☆☆「マルティン・ニーメラーの言葉」

  ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
  私は共産主義者ではなかったから

  社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
  私は社会民主主義ではなかったから

  彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
  私は労働組合員ではなかったから

  そして、彼らが私を攻撃したとき
  私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった


☆政治学者であり思想家でもあった故・丸山眞男さんはこう訳している。

  ナチスが共産主義者を襲つたとき、自分はやや不安になった。
  けれども結局自分は共産主義者でなかったので何もしなかった。

  それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。
  けれども自分は依然として社会主義者ではなかった。そこでやはり何もしなかった。

  それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、
  そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかった。

  さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であった。
  そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであった。



■■おわりに際して■■

 当初、この小文のタイトルを「ワーグナーとその音楽」としていたのですが、読み返してみますと、音楽面のウエイトが低く、ワーグナーの人となりや歴史的社会的背景などが高くなっています。それも、興味津々物見高的内容や直接関係のない事柄など枝葉的散文が多いような気がしてなりません。ということで、タイトルを「ワーグナー、その人、その音楽、・・・」と変えた次第です。そのせいかどうかはわかりませんがかなり柔らかい文に仕上がっていると思います。
  もとより筆者は、アカデミックな文章などを書ける訳はないのでこの程度の拙文が精いっぱいのところです。だからと言っては何ですが、比較的読みやすく仕上がったのではないかと思ったりしています。

 それにしましても、このテーマは筆者にとってさすがにハードルが高かった。なので、いくら拙文と言ってもこのテーマは“10年早かった”のではと自覚しています。しかしながら10年後には筆者は80歳を超えているため、書く意欲・気力、能力などがかなり低下していることを鑑みれば、まぁ、良いタイミングだったのではと納得している次第です。

  いずれにしましても、読んでいただいた方には感謝の言葉もありません。


≪完≫

 
 

<一筆投稿その42>「ワーグナーとその音楽」⑥

 投稿者:baritono / wai  投稿日:2021年 1月 6日(水)21時21分18秒
返信・引用
  ■■ワーグナーの反ユダヤ主義■■

  ワーグナーはユダヤ人の音楽への影響力を激しく弾劾していたことは有名な話。しかし、反ユダヤと言いながらもワーグナー自身多数のユダヤ人と親交を結んでいた。たとえば、指揮者のヘルマン・レーヴィ、ピアニストのカール・タウジヒ、同じくヨーゼフ・ルービンシュタイン、音楽評論家ハインリヒ・ポルゲスなど。思考回路は一体どうなっているのだろう?と疑いたくなる。
  さらに、ワーグナーが1865年から1870年にかけて書いた自伝の中では、1840年代初頭のパリでユダヤ人ザムエル・レールス(言語学者)と結んだ交遊を「わが人生における最も美しき友情の一つ」としている。ワーグナーの継父ルートヴィヒ・ガイアー(一部に実父説もある)はユダヤ人であった可能性が疑われており、この点から、ワーグナーの反ユダヤ主義は一種の近親憎悪だったという説もある。


■その背景・・・

  そもそもユダヤ人は古代から宗教上の理由で迫害され、人の嫌がる仕事をしていたと言われていた。その理由のひとつがお金の貸し借りの仕事、つまりキリスト教徒がやらない利子を取り扱う職業=高利貸し(質屋)や金塊の保管人、両替商(貿易決済業)などであった。

  さらに言えば、宗教的な力が強かったころ、お金の力は弱く商人の地位は最も低かったが、ユダヤ人による金融システムができあがってきてからはお金が最も力を持つようになる。畢竟、世界各地に散らばった金融ユダヤ人が権力を持つようになり、その結果、世界の経済を操ることができるようになった。当然このような状況に反発するものが出てくる。という流れでユダヤ人の迫害に繋がっていった。当時、ヨーロッパのキリスト教文化を基盤にした価値観を共有する人間が普通に抱くユダヤ人への嫌悪感の現れだったようだ。

  また、当時の世相では『反ユダヤ』的言動・行動は、決して珍しいものでなく、むしろ日常的な光景であり、メンデルスゾーンの伝記では、ユダヤ人だという理由だけで石を投げられたというような記述がよく出ていたとのことだ。実際、1870年頃よりドイツではユダヤ排斥が盛んになっている。

 このような状況が背景にあり、さらにいろんなことが積み重なってワーグナーの反ユダヤ主義が醸成されていったのではなかろうか。かくしてワーグナーはユダヤ排斥の予言的な論文『音楽におけるユダヤ性』を匿名で発表することとなる。


◆メンデルスゾーンへの・・・

『音楽におけるユダヤ性』では、フェリックス・メンデルスゾーン(1802-1847)とジャコモ・マイアベーア(1791-1864ユダヤ系ドイツ人の歌劇作曲家)の二人を非難している。マイアベーアの方は、名前を挙げずに『例の有名なユダヤ人オペラ作曲家』としているが、メンデルスゾーンは実名を挙げて攻撃している。
  ワーグナーはなぜメンデルスゾーンを実名を挙げて目の敵にしたのか、それは、ワーグナーに欠けているものをメンデルスゾーンはすべて持っていたためによる妬みからきているという説が当時ささやかれていたとか。

 ワーグナーはメンデルスゾーンのことをこのように言っている。
「ユダヤ人は創造するのではなく模倣しかしない」、「彼らの容貌はとうてい美術の対象にはなりえない代物だ」、「ユダヤ人が歌うと、彼らの喋り方の嫌なところがそのまま歌の中にあらわれて、即刻退散したくなる」、「メンデルスゾーンはヨアヒムだのダヴィッドだのをつれてきて、ライプツィヒをユダヤ音楽の町にしてしまった」、「メンデルスゾーンは才能や教養はあったが、人に感動を与える音楽は作れなかった」などなど。
 もはやワーグナーの頭がおかしくなっているとしか言いようがない。

 このようなワーグナーの「反ユダヤ主義」が後から世に出るヒットラーの極端なユダヤ人迫害に繋がっていくひとつの要因であったのでは、と筆者は思ったりする。


◆イスラエルでは

  イスラエルでは、ワーグナーの音楽はタブー視されている。繰り返すことになるがその理由は、かつてユダヤ人殲滅を主張していたヒトラーが熱狂的なワグネリアンであり、アーリア人の文化的優越を宣伝するためにワーグナーを利用したこと、またワーグナー自身も「K・フライゲダンク」というペンネームで著した「音楽におけるユダヤ性」において、メンデルスゾーンなどのユダヤ人音楽家らに対する差別的中傷をしていたこと、などが挙げられる。

  さらに、ナチスがプロパガンダ映画や集会でワーグナーの音楽を積極的に使用したところも大きな理由になっている。このためワーグナーの音楽は今でもイスラエルでの演奏が原則禁止されている。

※つぎの項(ダニエル・バレンボイムを巡るエピソード)に関連している内容が含まれているので併せてご一読願う。


***参考までユダヤ系の超有名な音楽家をピックアップしてみた。

 月並みな言い方になるが大御所たちがまさに羅星のごとくいらっしゃる(いらっしゃった)。

・ジョージ・ガーシュウィン、アーロン・コープランド、アルノルト・シェーンベルク、グスタフ・マーラー、フェリックス・メンデルスゾーン
・ウラディーミル・アシュケナージ、エリアフ・インバル、ユージン・オーマンディ、ミヒャエル・ギーレン、クルト・ザンデルリング、ゲオルグ・ショルティ、レナード・スラットキン、ジョージ・セル、マイケル・ティルソン・トーマス、ダニエル・バレンボイム、レナード・バーンスタイン、アンドレ・プレヴィン、ヤッシャ・ホーレンシュタイン、グスタフ・マーラー、ロリン・マゼール、フリッツ・ライナー、エーリヒ・ラインスドルフ、ジェームズ・レヴァイン、ブルーノ・ワルター
・マルタ・アルゲリッチ、エミール・ギレリス、ウラディミール・ホロヴィッツ、アルトゥール・ルービンシュタイン
・ダヴィッド・オイストラフ、フリッツ・クライスラー、ギドン・クレーメル、ヤッシャ・ハイフェッツ、イツァーク・パールマン、ユーディ・メニューイン、
・ミッシャ・マイスキー


◆ダニエル・バレンボイムを巡るエピソード

  バレンボイム(1942~)は、アルゼンチン出身のユダヤ人ピアニスト兼指揮者。7歳でピアノ演奏会を開き神童ぶりを発揮。10歳のときイスラエルに移住している。国籍はイスラエル。フルトヴェングラーの影響を受け、マルケヴィチに指揮を習い、1962年には指揮者としてもデビュー。ワーグナー解釈の第一人者でもある。

  イスラエルでは、ワーグナーの音楽が時折ラジオで流されたり、店頭で売られることがあっても、公衆の前で演奏することは事実上禁じられている。イスラエルに住む多くのユダヤ人にとって、ワーグナーの音楽は、ドイツで渦巻いた恐るべき反ユダヤ主義の象徴のように感じられているからだ。

  このような状況のなか、2001年7月、バレンボイムはベルリン国立歌劇場管弦楽団を率いて3回にわたるコンサートをエルサレムで行うのである。
  7月7日のコンサート(イスラエル・フェスティバル)では、プラシド・ドミンゴを含む3名の歌手らと『ワルキューレ』の第1幕を上演する予定であったが、ホロコースト生存者とイスラエル政府からの強硬な抗議によりイスラエル・フェスティバルの責任者から変更を求められ、演目をシューマンとストラビンスキーへの変更を余儀なくされた。
  バレンボイムはこの7月7日のコンサートの最後に、アンコールとして『トリスタンとイゾルデ』の抜粋を演奏することを聴衆に提案する。そして、聴衆と議論を始め、結果、演奏を行うとの結論に至る。ただし、不快感を持つ人は退場してかまわないと述べ、実際にそうする人もいたとのこと。その演奏はイスラエルの2800人の聴衆から熱烈に歓迎されたらしい。きっと、素晴らしい演奏であったに違いない。

 しかしながら、当局によるバレンボイムへの攻撃は収まらなかった。2001年7月25日の報道によると、クネセト(イスラエルの国会)の文化教育委員会は、「ヒトラーが好んだ作曲家の音楽をイスラエル最大の文化行事の際に演奏した指揮者に対し、彼が謝罪するまでボイコットを行うよう(中略)イスラエルの諸文化団体に求める」ことを決議している。

  歴史問題や民族問題が絡むと、何事も一筋縄で行かなくなる代表的な事例のひとつである。


◆バーンスタインの一言

  ワーグナーの評価に関して、ユダヤ系米国人指揮者レナード・バーンスタインがあるときこう語っている。

「私はワーグナーが嫌いだ。だが、ワーグナーにひざまずきながら、彼を憎んでいる」

  この言葉は多くの人々がワーグナーに向けている両面性をよく表現している。


<つづく>
 

<一筆投稿その41>「ワーグナー、その人、その音楽、・・・」⑤

 投稿者:baritono / wai  投稿日:2020年12月20日(日)20時37分51秒
返信・引用
  ■■ 再び“ワグネリアン”について■■

  ワーグナーには数々の負の面があるものの、音楽界に限らず、文学、美術などあらゆる方面に多大な影響を与えたことも確か。このことは、冒頭に記しているロマン・ロランの言葉が象徴的に言い表しているので、もう一度紹介させてもらうことにする。

  “文学、哲学、絵画全ての基準はワーグナーにある。”

  なんともスゴイ賛辞です。


  その影響を受け熱狂的な支持者となった代表的なワグネリアンの面々を紹介しておきます。


◆シャルル・ボードレール(1821.4.9~1867.8.31)

  熱狂的なワグネリアンとして知られ、ワーグナーの音楽を「私の音楽」と同一化するなどと言っていた。また、フランスの芸術家で最初にワーグナーを称賛した人物とされており、当時メディアなどでも代表的なワグネリアンの一人として報じられていた。

◆ルートヴィヒ2世(1845.8.25~1886.6.13)

  第4代バイエルン国王にしてワーグナーのパトロン。神話に魅了され長じては建築と音楽に破滅的浪費を繰り返した「狂王」の異名で知られる。少年時代からワーグナーの心酔者であり、ワーグナーに対して莫大な経済的支援を行った。「世界をワーグナーオペラ化する」という構想の下、国財を投資してノイシュヴァンシュタイン城を建設する。城内にはワーグナーの楽劇に関する絵画が多数飾られている。

◆フリードリヒ・ニーチェ(1844.10.15~1900.8.25)

  青年時代は熱狂的なワグネリアンであり、『悲劇の誕生』などワーグナーのオペラに関する著作をいくつか書いていたが、後に理想像とかけ離れたワーグナーに対して嫌悪を感じるようになり、明確な反ワーグナーの立場に転じる。しかし、晩年のニーチェは「ワーグナーを愛していた」とたびたび言っていたという。いずれにせよ、ワーグナーがニーチェに与えた影響は哲学的にも大きかったと言われている。

◆トーマス・マン(1875.6.6~1955.8.12)

  小説『トリスタン』を発表するなど、ワグネリアンの代表者の一人として知られる。小説『ヴェルズングの血』などでワーグナーのライトモチーフを小説の参考にしており、同じくワーグナーを愛好する三島由紀夫にも間接的に影響を与えている。しかし、ワーグナーの音楽をプロパガンダなどに利用したナチスに対しては批判的であった。

◆アドルフ・ヒトラー(1889.4.2~1945.4.30)

  史上最強・最悪の悪魔的ワグネリアン。
  ヒトラーは、ナチスの党大会で毎回ワーグナーの音楽を使うなど、特に熱狂的なワグネリアンとして知られる。青年時代からすでにワーグナーのファンであり、食費を切り詰めてまでワーグナーのオペラを観に行っていた。『リエンツィ』に強く影響されて政治家を志したとされる。
  ちなみに、チャールズ・チャップリンの映画『独裁者』には、ヒトラーが好んでいた『ローエングリン』の第1幕前奏曲が使用されている。

◆その他著名なワグネリアン

 ボードレール、ゴッホ、ルノワール、ロマン・ロランなどが有名。わが国では三島由紀夫、石川啄木、永井荷風、宮崎駿、松本零士等がワグネリアンとして知られている。三島由紀夫は『トリスタンとイゾルデ』を好んで聴いていたらしい。


■■バイロイト音楽祭と祝祭歌劇場■■

◆バイロイト音楽祭と同祝祭劇場

  バイロイト音楽祭とは、ワーグナーの歌劇・楽劇を演目とする音楽祭のことで、ドイツ連邦バイエルン州北部フランケン地方の小都市バイロイトにあるバイロイト祝祭劇場で毎年7月から8月にかけて行われている。

 ワーグナーがバイロイト祝祭劇場を建設するに至ったのは、自分の作品を上演するのに既存の劇場に満足できなかったため、自分の理想にかなった劇場を建てたいと考えるようになったからだそうだ。しかしそれは、あまりにも壮大な計画でなかなか実現しなかった。ところが、ワーグナーの熱狂的な崇拝者であったバイエルン国王のルートヴィヒ2世が莫大な資金援助を行なったことで、バイロイトの地に自らの設計で劇場を建築することができた、とのこと。


  音楽祭の最高責任者である総監督は、代々リヒャルト・ワーグナーの子孫およびその係累によってのみ受け継がれてきている。2009年からはリヒャルトの曾孫にあたるヴォルフガング・ワーグナーの二人の娘、カタリーナ・ワーグナー(写真-左)とエファ・ワーグナー・パスキエ(写真-右)の2人で、2015年からはカタリーナ・ワーグナーが単独で音楽祭の総監督を務めている。

  ちなみに、バイロイト音楽祭は世界で1番チケットがとりにくい音楽祭と言われており、シーズン中は世界中から10万人ものワグネリアンが集まるとか。


***「バイロイト詣」
  バイロイトはワーグナー上演の総本山あるいは聖地とされていることから、夏の「バイロイト音楽祭」に行くことを「バイロイト詣」などとも呼ばれている。

☆☆☆
 わが「ほえーる」のお一方も、“詣で”をされたのかどうかはさておき、バイロイト祝祭劇場に足を運ばれ『タンホイザー』を観劇されたとの由、まことに慶賀にして羨ましいかぎり。


◆バイロイト祝祭管弦楽団

  バイロイト祝祭管弦楽団は、バイロイト祝祭劇場で毎年7月から8月に行われるバイロイト音楽祭に臨時に編成されるオーケストラのこと。音楽監督は置かず、その時々の最高のワーグナー指揮者が招かれる。また、オーケストラのメンバーはドイツ圏各地のオーケストラ団員から集められ、その構成傾向は時期によって変わり、ウィーンフィルのメンバーが多かった時期、東独勢中心だった時期など様々である。

  音楽祭には、リヒャルト・シュトラウス、アルトゥーロ・トスカニーニ、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、ハンス・クナッパーツブッシュ、ヨーゼフ・カイルベルト、カール・ベーム、ヘルベルト・フォン・カラヤン、ピエール・ブーレーズ、カルロス・クライバー、ダニエル・バレンボイム、ジェームズ・レヴァインなど、その時代において高名な指揮者が招かれている。日本人では、2005年に大植英次が『トリスタンとイゾルデ』を指揮したのが最初。


<つづく>
 

12/12練習報告

 投稿者:五十嵐  投稿日:2020年12月13日(日)14時10分55秒
返信・引用
  12/12は、Bグループの練習でした。

・練習曲目
①椰子の実
②夜明けのうた
③二度とない人生だから

・合唱祭について伝達がありました。
次回12/19の練習でも伝達していただけると思います。

・次回は全体練習です。
練習曲目は、今回のBグループと同じ内容です。
今年最後の練習で歌い納めですので、
愛唱曲の中から何曲か歌うことができればと思います。
よろしくお願いいたします。
 

<一筆投稿その40>「ワーグナーとその音楽」④

 投稿者:baritono / wai  投稿日:2020年12月 8日(火)19時59分25秒
返信・引用
  ■■講釈を少々■■

■「楽劇」(がくげき)とは■

  ワーグナーのオペラ作品には頭に「歌劇」と付いているものもあれば「楽劇」と付けられているものもある。で、「歌劇」はわかるが「楽劇」とは“一体何なの”と頭を捻る方も少なくないと思うので、僭越ながら説明をさせてもらう。

「楽劇」というのは、簡単に言えば、歌劇に比べて美術や演劇、台本の文学性によりこだわったものをワーグナー本人が「楽劇」と名付けたもので、さらに言えば、音楽主導ではなくドラマ主導で「音楽、文学、舞踊、絵画、建築などあらゆる種類の芸術」が劇として効果的な表現のために融合された「総合芸術」としてのオペラが「楽劇」(Musikdrama ムジークドラーマ)と言われている。平たく言えば、ワーグナーは従来のオペラが、美しい声楽を聞かせるという方向に偏りすぎていることに飽き足らず、演劇的な内容を重視した作品を心がけたのが「楽劇」ということになる。

「ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典」ではつぎのように説明している。

・・・ワーグナーによって創始されたオペラの様式。ギリシア悲劇への復帰を理念とし神話,伝説に題材を求め,言葉,音楽,身ぶりの融合によって総合的な劇作品を作ろうとするもので,ライトモチーフ※,無限旋律※などの技法を特色とする。・・・

  作品でいうと、「楽劇」は『トリスタンとイゾルデ』、『ニュールンベルクのマイスタージンガー』、『パルジファル』や『ニーベルングの指環』(4部作)がある。
「歌劇」では、『さまよえるオランダ人』、『タンホイザー』、『ローエングリン』、『リエンツィ』など。


◆ライトモチーフ

  オペラなどの曲中に繰り返し現れる特定の楽句を言い、楽曲の主要な想念や感情・物事・特定の人物などと結びついている。特にワーグナーが楽劇中に活用した。(三省堂 大辞林 第三版)

  オペラや交響詩などの楽曲中において特定の人物や状況などと結びつけられ、繰り返し使われる短い主題や動機を指す。単純な繰り返しではなく、和声変化や対旋律として加えられるなど変奏・展開されることによって、登場人物の行為や感情、状況の変化などを端的に、あるいは象徴的に示唆するとともに、楽曲に音楽的な統一をもたらしている。示導動機(しどうどうき)とも。(ウィキペディア)

  つまり「物語の人物を象徴する旋律が与えられ、その旋律が現れる事で、物語の人物が現れなくても、その人物の事だと感じる事ができる音楽づくりの手法」のこと。わかりやすい事例として、映画『ジョーズ』のテーマ音楽や『スター・ウォーズ』の「ダース・ベイダーのテーマ」などを思い起こしてほしい。


◆無限旋律

 無限旋律というのは、ワーグナーが著書『未来の芸術』で用いた言葉。

  ワーグナーの楽劇に用いられた段落感のない旋律をいう。純粋に内面的な心の動きは,絶えず陰影をはらみながら微妙に推移するという考え方に基づくもので,旋律には明確な区切りがなく,和声は完全な終止を回避して先へ先へと流れる。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)

  一般に段落がなく終わりもなく無限に続いていく感じの旋律。また、特にワーグナーの楽劇で用いられた段落感のない歌唱旋律のこと。(精選版 日本国語大辞典)


■序曲と前奏曲■

「歌劇」でいう序曲(overture)は、全体の開始にふさわしい規模と内容を持ちオペラが始まる一番最初にオーケストラのみで演奏される曲をいう。もともと、幕が上がるころ、聴衆がまだざわめいている中で、観客の注意を引く目的で演奏されたと言われている。

  前奏曲(prelude)は、19世紀以後のオペラで幕が開く前に演奏される序曲の一種。劇本体との結びつきがより強く、「第一幕への前奏曲」というように幕ごとにつけられる。
  ワーグナーでは通常「楽劇」に用いられ、「歌劇『ローエングリン』」より、序曲形式から前奏曲を採用されている。


■■ワーグナーって、どんな人?■■

  冒頭<1.?ワーグナーの“官能的たる所以”(さわり)>でワーグナーの負の面などを挙げ連ねたが、ここで、エピソードも含めてもう少し詳しく紹介させてもらう。

  まずは、ドイツの楽劇王ワーグナーとイタリアオペラの巨匠ヴェルディとの関係について。
  ヴェルディは、残した書簡や友人たちにワーグナーに対する多くの言葉を残しているが、逆にワーグナーの方は、他の作曲家には多く語っているにもかかわらず、ヴェルディに対しては沈黙を決め込んでいたという。要するに何らかの含みをもって無視していたのだろう。狭量としか思えない。ちなみにワーグナーとヴェルディとは同じ年の生まれ。

  もうお一人、同じドイツの同時代の作曲家ブラームスとの関係について一言。
  両者とも指揮者としても有名だったが、生涯そりが合わず犬猿の仲だったらしい。おかげでドイツには二つの指揮法の流派が生まれることになる。ブラームスはワーグナーより20歳年下。

 熱狂的信者が多かったワーグナーは、自分で自分のことを「天才」であると自任する傲慢さなどから敵も多かった。一時期ドイツを追放されて、スイスで9年間亡命生活を送っている。また、恋多き人生といえば聞こえはいいが、実際は不倫や略奪愛の多い人生を送っていた。などなど、多くのエピソードが存在し、その波乱万丈の生涯はそれだけでもなかなか面白い。

  また、ワーグナーは過剰な自信家で「自分は音楽史上まれに見る天才で、自分より優れた作曲家はベートーベンだけだ」と公言して憚らなかった。とはいえリストやウェーバーなど、彼が敬意を払っていた作曲家は少なくなかったようだが。結局、このような態度は多くの信奉者を生むと同時に敵や反対者も生む結果となったようだ。

 ワーグナーの優れた能力は、なんと言っても多才さである。作曲家としてはもちろん、台本作家に描いてもらうオペラの台本をすべて自分で書き、指揮は当然自分が勤め、一部の作品については演出も自ら手掛けていたという。

 とりわけ、ワーグナーの偉大さは、イタリアオペラなどの歌を中心とした歌劇を良しとせず、オペラに総合芸術としての可能性を求め、舞台美術、演劇性、音楽、台本の文学性、すべての要素が融合した総合芸術である「楽劇」の創造を目指したところにある。そして、自身が創り上げた楽劇を理想的に上演できる歌劇場として、なんとバイロイト祝祭歌劇場という箱物まで作ってしまったことだ。

 ワーグナーの特筆すべき功績の一つに、日本の年末の風物詩になっているベートーベンの「交響曲第9番」を復活させたのは、実はワーグナーであることをあまり知られていない。ベートーベンが亡くなった後、すっかり上演されなくなっていたこの曲の楽譜をワーグナーが手に入れ、徹底的なリハーサルを行い1846年に上演を果たしている。この上演で「第九」は名作であるという評価を得ることになり、さらに「第九」の上演方法などについても多くの論文を残し、ワーグナーの解釈がその後の演奏のスタンダードとなっていった。
  したがって、ワーグナーなくしては、日本の風物詩も生まれなかったと言っても過言ではない。「第九」ファンにとってはまことにワーグナー様様である。

  こんなエピソードもある。ワーグナーは、常軌を逸した浪費癖の持ち主で、若い頃から贅沢をし、支援者から多額の借金をしながら踏み倒したり、専用列車を仕立てたり、当時の高所得者の年収5年分に当たる額を1ヶ月で使い果たしたこともあったらしい。リガ(ラトビア共和国の首都)からパリへの移住も、借金を踏み倒した夜逃げ同然の逃亡だったようだ。


■■ワーグナーの三面記事的エピソード■■

 ここでは、楽劇『トリスタンとイゾルデ』創作の背景にいた女性たちを巡る関係のエピソード、つまりワーグナーの女性遍歴を中心に述べさせてもらう。

『トリスタンとイゾルデ』に含まれている悲恋の物語のテーマは、奇妙な出会いと不倫、また甥、叔母との近親関係の愛でもあり、従来のオペラのように浮気とか横恋慕とかいう軽い言葉では片付けられないある種タブーな題材を敢えて取り上げている。

 ワーグナーは1849年、元女優で妻のミンナを伴いスイスに亡命することになる。現地でワーグナーを支援したのは、1852年に知り合った大富豪のオットー・ヴェーゼンドンクという人物。そのオットーさん、1857年にチューリヒ郊外の「緑の丘」に若くて美人の後妻マティルデと住む邸宅を建設します。そして、よせばいいのにワーグナーに地続きの家を作曲のため与えることにしたのである。

  この頃、ワーグナーは妻ミンナとの関係は破綻寸前になっており、そこにヴェーゼンドンクの美貌の若妻マティルデが出現したことで、ワーグナーの心はすっかり彼女に奪われてしまう。さらに隣接地に住んでいることも相まって、ワーグナーが「隠れ家」と呼んだヴィラを舞台にマティルデとの出会いの頻度が増し、ワーグナーたる“本領発揮”、二人は相思相愛の関係に陥ることになる。
  しかし、それは所詮かなわぬ恋であることを自覚しているワーグナーの愛の苦悩が、『トリスタンとイゾルデ』にすべて注がれたと言われている。さらにワーグナーは、『トリスタンとイゾルデ』を「私の今までの芸術の最高峰となる」と言い、自ら「リヒャルト、お前は悪魔の申し子だ!」と叫んだとか。

***もう少し付け加えさせてもらう。

  演奏会で取り上げられる歌曲集《ヴェーゼンドンクの5つの詩》の歌詞はマティルデが書いたもので、ワーグナーが他人の詩に曲を付けるのは異例のこと。これを見ても、二人の関係が「一線を越えたもの」であったと思わざるを得ない。

  この歌曲集のうち2曲が「『トリスタンとイゾルデ』の習作」との副題が付けられ、その旋律(第3幕への前奏)が、実際《トリスタン》でも使われており、彼女との恋愛がこの作品を創作していく上で大きなモチベーションになったと言われている。

***さて、エピソードのメインエベントです。

  1857年秋にチューリヒの「隠れ家」でワーグナーと、ミンナ、マティルデ、そして後にワーグナーの妻となるフランツ・リストの娘であるコージマが、なんと一堂に会するというドラマの1場面を見ているような機会があった。コージマがそこに居るのは、指揮者のハンス・フォン・ビューローが新妻コージマとの新婚旅行の途中で、ワーグナーのもとへ挨拶に訪れていたためだった。なんとも言えないシチュエーションである。

  時を経て、ビューローが《トリスタン》の初演を指揮した1865年6月の時点では、ワーグナーとコージマは、週刊誌風に言えば〝不倫略奪愛〟の末に事実婚を果たしており、彼女はワーグナーの子どもを妊娠していたという。また、ワーグナーとコージマは1866年に同棲生活を始める一方、1867年初演の『ニュルンベルクのマイスタージンガー』はハンス・フォン・ビューローが指揮するという、周囲からは理解しがたい様相だったとか。

  とまあ、よくやりますね。

  天才的な音楽家にして希代のドンファン。さらに人間的欠陥も大有りのワーグナーには熱狂的なファンが多数存在することも間違いのないところ。そういう理解しがたい一筋縄でいかないのがワーグナーの魅力なのか。

 現在に生きていれば、間違いなく“文春砲”などの格好の標的なるなど週刊誌上をおおいに賑わせ、テレビのワイドショーなどに連日取り上げられ、その結果、社会から放逐されていることでしょう。19世紀に登場してくれて本当に良かった。


<つづく>
 

<一筆投稿その39>「ワーグナー、その人、その音楽、・・・」③

 投稿者:baritono / wai  投稿日:2020年11月29日(日)21時02分14秒
返信・引用
  ■『ニーベルングの指輪』四部作■(上演時間:4夜約15時間)

  ワーグナーが26年の歳月をかけて創りあげたオペラ史上最大級の作品。台本もドイツの叙事詩『ニーベルンゲンの歌』や北欧神話を題材にワーグナー自身が手がけている。

  四部作の内訳は、序夜『ラインの黄金』(約2時間40分)、第1日『ワルキューレ』(約3時間50分)、第2日『ジークフリート』(約4時間)、第3日『神々の黄昏』(約4時間30分)で構成されている。


■物語の内容

  物語のスケールと領域は叙事詩である。全世界の支配を可能とする魔法の指輪をめぐる、神、英雄、神話上のいくつかの生物の戦いの物語で神々の黄昏、天空の城ヴァルハラの炎上、地上のラインの洪水まで、ドラマと陰謀は、ヴォータンの支配する天上の神々の世界で、地上の人間界の世界で、地下のニーベルング族の住むニーベルハイムで、3世代にわたって続き、最後に神々の世界の灰から真の愛がよみがえる。(ウィキペディア)


■四部作全曲の初演

『ラインの黄金』と『ワルキューレ』の二つが先行上演していたが、ようやく、1876年8月13日、第1回バイロイト音楽祭にてハンス・リヒター指揮により、ルートヴィヒ2世、ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世、ブラジル皇帝ペドロ2世、さらにリスト、ブルックナー、チャイコフスキーらの音楽家などの観衆を集めて上演されている。

 わが国では、『ワルキューレ』が大阪で先行初演していたが、全曲まとめての初演となると、1987年に来日公演を行ったヘスス・ロペス=コボス指揮・ベルリン・ドイツ・オペラによる上演となる。なお1984年から1987年にかけて1年1作ペースで行われた朝比奈隆指揮・新日本フィルハーモニー交響楽団などによるオール日本人キャストによる演奏会形式での上演を初演と見なす向きもあるとか。


■特に、『ワルキューレ』について■

  なかでも『ワルキューレ』については、筆者のお気に入りの作品のゆえ枝葉的なエピソードも入れて、少し詳しく紹介させてもらう。

◆ワルキューレとは

  ワルキューレとは、神々の長ヴォータンが神々族の世界支配を維持するために知恵と予言の女神エルダとの間に生まれた9人の娘のことで、全員勇敢な女騎士であり、天馬に乗って空を駆ける。
  戦場においては死を定めて勝敗を決める存在で、彼女たちには戦死した勇士をヴァルハラ城(天上)へ運ぶ役割を持たされている。


◆≪第3幕のあらすじ≫(モバイル音楽辞典より)

・・・岩山の頂上・・・

<第1場>
 8人のワルキューレたちが天を駆ける馬に乗って「ホ・ヨ・ト・ホー」と声を上げ、次々と集まってくる。(「ワルキューレの騎行」の音楽)
  やがて姉のブリュンヒルデがジークリンデを連れ、愛馬グラーネに乗って凄い勢いで飛び込んできて、妹たちに助けを求める。夫である兄ジークムントを失って絶望したジークリンデは自分を殺してほしいと言うが、ブリュンヒルデから自分がジークムントの子供を宿していることを聞くと、とたんに生きる希望が湧いてくる。
  ブリュンヒルデが、やがて生まれてくる子供をジークフリートと名づけると、ジークリンデは愛の奇蹟※を讃え(壮大な「愛の救済の動機」)、夫の形見である剣ノートゥングの破片を持って森の奥地へと逃れる。
 ※奇蹟:神の力によって起きた不思議な出来事

<第2場>
  ヴォータンが大変な剣幕で登場。うろたえるワルキューレたちを追い払い、ブリュンヒルデに罰を与えると宣告する。

<第3場>
  ブリュンヒルデは、自分が命令に背いたのは父ヴォータンの本心を知っていたからだと訴えるので、ヴォータンも次第に心を動かされてくる。
  神々の長ヴォータンは、愛娘ブリュンヒルデをヴァルハル城から追放し、神性を奪って無防備なまま眠らせ、彼女を行きずりの男のものにすると言うが、ブリュンヒルデの願いを聴き入れて、眠る彼女のまわりに火を放ち、臆病者は近づけないようにすることを承知する(ここから〈ヴォータンの告別と魔の炎の音楽〉。
「さらば、勇ましく、すばらしいわが子よ!」と、ヴォータンはブリュンヒルデを抱きしめ、彼女の眼に接吻して眠らせる。そして火の神ローゲを呼び出し、彼女のまわりを炎で囲ませる。「わが槍の切っ先を恐れる者は、けっしてこの炎を踏み越えるな」という言葉を残してヴォータンは退場する。(幕)


***筆者の愛聴盤

  バレンボイム/バイロイト祝祭劇場o./1992年バイロイト祝祭劇場(TELDEC)

 バレンボイムのこの年のバイロイトでは、第3幕で片桐仁美さん※がワルキューレの一人シュヴェルトライデ役で出演されている。


◆片桐仁美さんのこと

 今更紹介するまでもないが和歌山市出身の世界的なメゾソプラノ歌手。大阪音楽大学卒業後ウィーン国立音楽大学リート・オラトリオ科と発声科をどちらも最優秀で卒業。ジュネーブ大劇場、ハンブルク国立劇場、モンテカルロ歌劇場、ブリュッセル・モネ劇場、サンチャゴ歌劇場など世界の大劇場、有名レーベルのレコーディング、世界各地のテレビ・ラジオにも出演。1997年に帰国後、活動の場を日本に移し、オペラやコンサートに数多く出演している。現在、沖縄県立芸術大学教授。
  なお、ワーグナー作品では、1993年に「ニーベルンゲンの指輪」(『ラインの黄金』『ジークフリート』)のエルダ役※でニューヨークのメトロポリタン歌劇場(指揮:レヴァイン)に出演している。
  ※エルダ:知恵の女神/ヴォータン(神々の長)とエルダの娘がブリュンヒルデ


≪「ワルキューレの騎行」に関して、余計な一言≫

  この「ワルキューレの騎行」は映画「地獄の黙示録」で使われているが、あくまで筆者の感じるところを率直に言わせてもらえば、“不愉快千万この上ない” である。
 その使われ方というのは、皆さんもご承知のとおり、武装したアメリカ軍のUH-1ヘリコプターが「ワルキューレの騎行」を大音量で鳴らしながら、南ベトナム解放民族戦線の拠点であるベトナムの村落を襲撃する場面である。監督のコッポラさんは、容赦なく死者を増やしていく攻撃用ヘリコプターをワルキューレの乗る天馬に見立て、20世紀の戦場における死神として描いているのだろうが。


***サー・ゲオルク・ショルティの名演奏でどうぞ。
『ワルキューレ』 第3幕(全曲)ショルティ/ウィーンpo.(1965)
  https://www.youtube.com/watch?v=wupuXlaqvz0


***「楽劇『ニーベルングの指輪』」としての筆者の愛聴盤

  ・「楽劇《ニーベルングの指輪》(抜粋)」 カラヤン/ベルリンpo.(1966~68)G
  ・「楽劇《ニーベルングの指輪》ハイライツ」 ベーム/バイロイト祝祭o.(1967)Decca
  ・「ニーベルングの指輪 管弦楽曲集」 マゼール/ベルリンpo.(1987)TELARC

  なかでも、第3日『神々の黄昏』の「ジークフリートの葬送行進曲」が筆者の胸に“グッ”と迫ってくる。以下の音源の演奏が筆者のお気に入り。

  ・フルトヴェングラー/ウィーンpo.(1954)EMI
  ・クナッパーツブッシュ/ウィーンpo.(1956)Decca
  ・チェリビダッケ/ミュンヘンpo.(1993)EMI


<つづく>
 

<一筆投稿その38>「ワーグナー、その人、その音楽、・・・」②

 投稿者:baritono / wai  投稿日:2020年11月18日(水)20時28分57秒
返信・引用
  ■歌劇『タンホイザー』■(上演時間:約2時間50分)

  最もわかりやすいワーグナーの歌劇。正式名称は『タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦』。全3幕で構成されている。
 タンホイザーというのは中世の騎士。ちなみに歌合戦のテーマは「愛」。

  ワーグナーのオペラは19世紀末のパリで世界に先駆けて一大ブームを起こしており、1845年にオペラ座で『タンホイザー』が上演されると、そのエロスに満ち満ちた愛憎の世界にパリの人々は熱狂したとか。

  それにしても第1幕の序曲が演奏される間の30分、演出にもよるが、官能と肉欲の世界をもろに描いており、とにかくエロい。

  その場面はこうです。

  時代は13世紀初頭、舞台はドイツの森に囲まれたチューリンゲン。騎士であり吟遊詩人であるタンホイザーは、禁断の地とされていたヴェーヌスベルクで、愛の女神ヴェーヌス(ヴィーナス)と官能のひとときをむさぼっていた。・・・

***序曲はあまりにも有名。カラヤンの来日記念演奏でどうぞ。
  カラヤン/ベルリンpo.来日公演(1973)NHKホール
  https://www.youtube.com/watch?v=fUv8vi0BBQ8


☆☆☆ちょっと横道に・・・

  あの元総理大臣の小泉純一郎さん、大のオペラファンであることがよく知られている。純一郎さん曰く「タンホイザーの序曲が流れてくると、自然に涙が出てくる」とのこと。
  公務でドイツを訪問した折、当時のシュレーダー首相に招待され、バイロイト音楽祭でワーグナーのオペラ『タンホイザー』を鑑賞しており、鑑賞後、孫のウォルフガング・ワーグナー夫妻が催した劇場のレストランでの夕食会に出席し、興奮からか「とめどなくしゃべり続けた」ようです。終了後には、記者団に「感動した」「忘れられない夜になった」と語ったそうです。


◆「歌劇『タンホイザー』より」(慶応ワグネル)

***聴き応え大有り。是非聴いてください。

  とりわけ、現役・OB・高校生ワグネル合同で歌う「大行進曲」には圧倒される。「巡礼の合唱」は実に荘厳。

  演奏曲目…殿堂のアリア/大行進曲/巡礼の合唱/エリザベートの祈り/夕星の歌/フィナーレ

  慶応ワグネル/第142回定期演奏会2017.11.11/指揮:佐藤正浩/独唱:小川里美Sp.、谷口 伸Bri./賛助出演:ワグネル・ソサィエティー・OBオーケストラ/慶応ワグネルOB、慶應義塾志木高等学校ワグネル
  https://www.youtube.com/watch?v=0sDb9WcjYHw


【ソリスト紹介】

・小川里美:国際的なオペラ歌手。2009年トゥーランドット国際コンクール優勝者。高い音楽性と抒情的な声は国内外のマエストロから信頼されている。藤原歌劇団団員。1999年のミス・ユニバース日本代表としても知られる。

・谷口伸:慶応ワグネル出身のバリトン歌手。数年のサラリーマン生活の後、声楽家としての道を歩み始め、シューベルト国際歌曲コンクール第2位、イタリア声楽コンコルソ金賞など、主要なコンクールで数々の賞を受賞している。 さらには2002年ウィーン国立音楽大学リート・オラトリオ科を最優秀で卒業。2004年、北イタリア、メランにおいて"デビュー・イン・メラン"国際声楽コンクール総合優勝。現在ドイツ・プラウエン-ツヴィッカウ市立劇場でソリストとして活躍している。


■楽劇『トリスタンとイゾルデ』■(上演時間:約4時間)

  この楽劇を創っている頃、実はご自身、不倫の真っ最中。どうもこれが作品に影響したとも言われている。もちろん、この作品も官能的な愛が表現されている。
  まあ、延々4時間ものあいだ男女の主人公二名の性愛だけを純化して取り上げたオペラというのはこれだけかもしれない。

  この楽劇は、中世ヨーロッパの最大の恋愛物語である『トリスタンとイズー物語』を題材とし、それをワーグナーは、大幅に改編、登場人物3人(トリスタンとイゾルデそしてマルケ王)の心理描写に絞って前代未聞のオペラに仕立て上げたと言われている。

  哲学者ニーチェ曰く「『トリスタンとイゾルデ』ほど、危険な魅力を持ち、戦慄的で甘美な無限性を具えた作品は、芸術の全領域を探しても見つからない」と述べ、著書『この人を見よ』の中で、「この曲の最初の一音はダ・ヴィンチのどんな芸術の魔力をも失わせてしまう」と述べている。


≪第1幕のあらすじ≫

  時は伝説上の中世。舞台はイングランド西南部のコーンウォール。
  アイルランドの王女イゾルデは、コーンウォールを治めるマルケ王に嫁ぐため、王の甥であり忠臣であるトリスタン(コーンウォールの騎士)に護衛されて航海していた。
  かつてトリスタンは、戦場でイゾルデの婚約者を討ち、そのとき自らも傷を負ったものの、名前を偽りイゾルデに介抱してもらったことがあった。このときイゾルデは、トリスタンが婚約者の仇だとすぐ気がついたが、そのときにはすでに恋に落ちていた。
  イゾルデは、自分を王の妻とするために先導するトリスタンに対して、激しい憤りを感じている。彼女は一緒に毒薬を飲むことをトリスタンに迫る。しかし、毒薬の用意をイゾルデに命じられた侍女ブランゲーネが、毒薬のかわりに用意したのは「愛の薬」だった。そのため、船がコーンウォールの港に到着する頃、トリスタンとイゾルデは強烈な愛に陥っていた。


◆第一幕への前奏曲

「第一幕への前奏曲」は、その道の専門家が言うには、冒頭にでてくる不協和音※は悲劇を暗示しており、別名「トリスタン和音」と呼ばれ、その響きは音楽史の中でターニングポイントとなったとのこと。物語の中では「愛への憧憬」のモティーフとされている。

  ※不協和音は<F-H-DIS-GIS>(F-B-D-G)の4つの音から構成されている。

  また、この捉えどころのない不安定な和音は、トリスタンとイゾルデの決して成就されない愛を表しており、さらには、この和音は現世ではない黄泉の国を思わせ、二人の世界があるならばそれは他ならぬ死の後の世界であることを感じさせる、これが官能的に響くらしい。筆者にはなかなか理解し難いところ。

***バレンボイム/シカゴso(1993)で聴いてみてください。
  前奏曲:00:03~ 愛の死:10:49~
  https://www.youtube.com/watch?v=DInhrV7vKRw

***筆者は≪管弦楽曲集≫カラヤン/ベルリンpo.(1974)EMIで良く聴いている。


■楽劇『ニュールンベルクのマイスタージンガー』■(上演時間:約4時間30分)

  長大な作品ではあるが、ワーグナーの歌劇・楽劇の中では比較的親しみやすい作品として知られている。
《ニーベルングの指環》に代表されるワーグナーの舞台作品は、初期のものを除くと神話や伝説の世界をテーマにしたものばかりだが、この《マイスタージンガー》に関しては、16世紀中盤のニュールンベルクを舞台に実在の人物ハンス・ザックスを中心に描かれたワーグナーの唯一の喜劇であること、そして歌合戦がテーマで人情味があること、により多くの人に共感を抱かせた。

***舞台は16世紀中頃のドイツ・ニュルンベルク。
  靴屋の親方であるハンス・ザックスが、この町にやってきた騎士ヴァルターと隣家の娘エーファが恋仲であることを知り、歌合戦でヴァルターを勝たせることでふたりの仲を取り持つ、という心温かな人情味の溢れるストーリー。

  この作品は、マイスタージンガーであるハンス・ザックスを主人公とした物語で、台本は史実に忠実ではなくワーグナーのオリジナル。

  ハンス・ザックスはマイスタージンガーの代表的な存在で、16世紀のニュルンベルクに実在しており職業は靴屋の親方。ちなみにザックスは生涯に4,374篇のマイスター歌、約2,000の祝詞歌(Spruch)など多くの作品を発表している。


◆「マイスタージンガー(Meistersinger)」とは

「マイスタージンガー」とは、15~16世紀に活躍したドイツの詩人兼音楽家のことで、名歌手という意味をもっている。つまり「親方、名人(Meister)」と「歌手(Singer)」が組み合わさった言葉。
  彼らの文化はニュルンベルクをはじめとする南ドイツで発展し、手工業者の親方や職人、弟子たちが詩と歌の腕を磨き合っていたようだ。また、彼らは手工業職人であることが多く、親方・職人・徒弟という本職での階級が、歌手としての階級にそのまま反映されていたらしい。
  楽劇『ニュールンベルクのマイスタージンガー』では全部で12人の職匠歌人、すなわち「マイスタージンガー」が登場している。


***第一幕への前奏曲はあまりにも有名。シノーポリでお聴きください。
  シノーポリ/ドレスデン国立歌劇場o./サントリーホール(1998)
  https://www.youtube.com/watch?v=MYXFp5O75Ow

***『ニュルンベルクのマイスタージンガー』より(慶応ワグネル)
  慶応ワグネル/第100回定期演奏会1975.12.14/指揮:畑中良輔/ピアノ:三浦洋一・久邇之宣/独唱:笠井幹夫
演奏曲目…開幕のコラール/組合連中の入場行進/ザックスへの挨拶/ヴァルターの優勝歌/終幕の合唱
  https://www.youtube.com/watch?v=a80qXdYlZf8


<つづく>
 

<一筆投稿その37>「ワーグナー、その人、その音楽、・・・」①

 投稿者:baritono / wai  投稿日:2020年11月 6日(金)16時13分37秒
返信・引用
   今回の<一筆投稿>は、結構長文になりましたので、何回かに分けて連載させてもらいます。興味のある方はご一読いただければまことに幸いです。


■■はじめに■■

“ ワー  グ  ナー ”、良い響きです。もちろん名前だけではありません。メロディはもちろんのこと、オーケストレーションが凄いのです。「歌劇『タンホイザー』」の序曲を聴けば一目瞭然ですが、その重厚さが荘厳さに繋がっていくので、なんともたまらない。そこにワーグナー音楽の神髄があるのだろう、と思ったりする。

  と、出だしからいきなり肝の部分に触れてしまった。

  ハナシを戻して前置きから始めさせてもらいます。
 当初、本文は「ワーグナーとその音楽」というタイトルでワーグナーの代表的な歌劇・楽劇と、その中にでてくる合唱曲をなるべく簡単・簡潔に紹介しようと考えていたのですが、いろいろ調べていくと人間ワーグナーが面白過ぎるのでそれだけでは済まなくなったのです。なので、書き始めるとあれもこれもと筆者のいつも悪い癖がでてしまい結構な文量になってしまった。ということで、タイトルも「ワーグナー、その人、その音楽、・・・」という名称に変更した次第です。


■■リヒャルト・ワーグナー■■

  ヴィルヘルム・リヒャルト・ワーグナー(Wilhelm Richard Wagner) 1813.5.22~1883.5.22

  19世紀のドイツの作曲家、指揮者でもあり思想家でもある。
  ロマン派歌劇の頂点であり、また「楽劇王」の別名で知られる。ほとんどが自作歌劇で台本を単独執筆し、理論家、文筆家としても知られ、音楽界だけでなく19世紀後半のヨーロッパに広く影響を及ぼした中心的文化人の一人でもある。(ウィキペディア)

  ジョルジュ・ビゼーは、ワーグナーの世界は官能、愛、優しさに満ち溢れていると評し、ロマン・ロランは、文学、哲学、絵画全ての基準はワーグナーにあると称賛している。


■ワーグナーの魔力

  筆者はワーグナーの音楽を年に何回か無性に聴きたくなるときがある。
  ちなみに、好きなベートーベンの「第九」ですら、年末に指揮者違いのCDを2,3枚聴く程度で、マーラーなども好みだが少々重たいので気が向かないとディスクに手が届かない。交響曲のジャンルでは、たとえばブラームス、シューベルトなどは、「この前いつ聴いたのかなあ・・・?」、という程度。それに比べるとワーグナーは聴く頻度がかなり高い。

“なぜか!?”ワーグナー好きは、よく「ワーグナーの音楽には“魔力”がある」と言う。実際それ以外の理由は見当たらない。またワーグナー音楽を“麻薬”だとも言う。おっしゃるとおり。だから、ときどき、ただただ無性に聴きたくなる。要するに、“禁断症状”みたいなものです。

  ということで、筆者は結構思い入れのある“ワグネリアン” だと勝手に思っている。
  いささか的外れなたとえになるが、一番好きな男声合唱団(グリークラブ)は、と聞かれたら、躊躇わず慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団(以下慶応ワグネルと略す)と答える。理由は単純。“ワグネル”だから!??


■ワグネリアンとは

“ワグネリアン”とは、言うまでもなくドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーの音楽に心酔している熱狂的なワーグナー・ファンです。その音楽は非常に癖があり、アクが強い。しかし、いったん好きになってしまうと、それが快感に変わり、聴かずには居られなくなる。そうなると、立派な“ワグネリアン”。考えようによっては極めて“危ない音楽”かもしれない。

  ワーグナーの歌劇・楽劇はかなり長大なため、“よーし、聴くぞ!”と気合いを入れなければ鑑賞できる代物ではない。筆者なんぞは、気合いを入れていても大体途中で寝てしまっている。鑑賞するのにはかなり手強い。
だから、結構思い入れのある“ワグネリアン”と自称するものの、あまり大きな声では言えないのです。

  という訳で、筆者は専らハイライト盤とかいわゆる管弦楽曲集としてまとめられているCDを好んで聴いている。有名な歌劇・楽劇の全幕版は「ニーベルングの指輪」以外のCDはほとんど所持しているが、1,2回聴いただけでCDラックに眠っている。
 歌劇・楽劇は音楽・美術・演劇を駆使した総合芸術なので、本来はDVDで観るのが本来の鑑賞だと思うのだが・・・。

  なので、筆者の場合はワグネリアンの端っこにでもつけ加えてもらえるだけで十分だと思っている。


■ワーグナーの“官能的たる所以”(さわり)

  ワーグナーの作品は「官能的」とよく言われるがまさにそのとおり。

  ちなみにイタリア歌劇にせよワーグナーの楽劇にせよ、そのストーリーのほとんどは惚れた腫れたの世界。要するに極めて俗っぽい。なかでもワーグナーのは近親相姦みたいなストーリーもありで、ちょっと“エグい”ところもある。

  ところで、ワーグナーを官能的な愛の表現の名人と言う人がいるが、おそらくそれはワーグナーの不倫癖とか女性遍歴からきているのだろう。その女性遍歴は「不倫は文化」などといっていた御仁なんぞは足元にも及ばない。

  また、「官能的」と直接関係ないが、人格的に欠陥が大有りで自己顕示欲の塊だったとも言われている。その魂に含まれている言葉を並べてみると、唯我独尊、誇大妄想、ホラ吹き、借金まみれ、夜逃げ、踏み倒し、壮大なる浪費癖、王様をカモにして国家財政が危ないほどむしりまくる、女はかたっぱしから寝取る。何でもあり。そして何と言っても精力絶倫であったとか。いやはや、もはや病的と言われても仕方がない。

  と、ネガティブな面が多すぎるのだが、しかし、一旦その音楽の魔力に囚われると“ワグネリアン”にとってはそんなことはどうでも良くなる。

  清廉潔癖な御仁は、ドン・ファンで自己顕示欲の塊のようなオッサンの音楽なんかは聴きたくない、と思うかもしれないが、「とにかく一度聴いてみろ」です。とにかく音楽は素晴らしい!


■■ワーグナーの作品■■

  この辺りでワーグナーの『歌劇・楽劇』の有名どころを男声合唱曲も絡めて簡単に紹介しておく。


■歌劇『さまよえるオランダ人」■(上演時間:1幕形式の場合で約2時間30分)

  ワーグナーが20代後半の頃に作曲された初期を代表する作品。

  この歌劇は、中世ヨーロッパに伝わる幽霊船伝説(フライング・ダッチマン※)にもとづいて創られ、1841年にパリで完成し、1843年ドレスデンで初演されている。
 ちなみに、この作品の原語タイトルは「Der Fliegende Holländer」。英語タイトルでは「The Flying Dutchman」となっている。

  台本の大筋はハイネの小説によるものの、ワーグナー自身のアイデアも随所に見られ、当人が1839年夏にイギリスに渡る際、洋上で暴風雨に遭ったときの苦難の体験が、作品に大きく影響を与えているとも言われている。


※フライング・ダッチマンについて

  この名称の謂れは、オランダ人船長を"Flying Dutchman"とする説と、彼の船が『さまよえるオランダ船』とする説、また(呪いがかかる以前から)船の名前が『フライング・ダッチマン号』であったとする説がある。

  フライング・ダッチマン号は映画『パイレーツオブカリビアン』シリーズ2作目に幽霊船「フライング・ダッチマン号」として登場している。


≪あらすじ≫
  18世紀頃のノルウェー。嵐の日、幽霊船が港に入ってくる。
  船長のオランダ人は神を呪った罪で永遠に海上をさまよい、上陸は7年に一度しか許されない。
  オランダ人を救えるのは、彼に永遠の貞節を誓う女性だけ。
  オランダ人の肖像画に魅入られた船長ダーラントの娘ゼンタは、彼を救うのは自分だと直感する。とうとうゼンタは、本物のオランダ人と出会う。
  運命を感じ、見つめ合う二人。
  だがゼンタの婚約者を自認する漁師エリックは、彼女の「心変わり」をなじり…。


  序曲はまことにドラマチック。何かを予感させるような趣がある。


***とりあえず、「水夫の合唱と幽霊船の合唱」を慶応ワグネルで聴いてください。

  慶応ワグネル/第112回定期演奏会1987.12.13/指揮:畑中良輔/ピアノ:三浦洋一・佐藤正浩/独唱:瀬山泳子sp.
  https://www.youtube.com/watch?v=5_U9VrIuBuc


<つづく>
 

10/31練習報告

 投稿者:五十嵐  投稿日:2020年11月 1日(日)20時41分30秒
返信・引用
  8ヶ月ぶりの全体練習でした。

練習曲
①夜明けのうた
②昴
③こおろぎ(二度とない人生だから より)
④二度とない人生だから

次回はAグループの練習です。
(和歌山教会です。)

練習予定曲目:
男声合唱組曲『二度とない人生だから』より
「からっぽ・サラリ」
「つゆのごとくに」

タダタケ
「雪中の葬列」

時間に余裕ができれば、タダタケのその他の曲をなぞります。

※1/11の和歌山県合唱祭の曲目は、
11/14までに決定、発表します。
 

<一筆投稿その36>「男声合唱とピアノのための組曲『鎮魂の賦』」について

 投稿者:baritono / wai  投稿日:2020年10月18日(日)21時29分8秒
返信・引用
  作詞:林 望/作曲:上田真樹

 タイトルから受けるイメージは、『死』をモチーフとしているためか少しとっつきにく感があるものの、実際曲を聴いてみるとそんな感じは一切ない。聴けば聴くほど味わいがあり、新鮮にして心地よく筆者の耳に入ってくる。

  最近になって、初めて耳にする組曲の中では最も印象に残った作品。

  組曲は<1.時の逝く/2.家居に/3.鎮魂の呪/4.死は安らかである/5.春の日>の5曲で構成されている。

  この作品はもともと混声合唱の組曲だが、慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団の委嘱を受けて、男声合唱版が上田真樹さんにより編曲され、同団第139回定期演奏会(2014.11.22)で初演を果たしている。


  パナムジカはこの作品を以下のとおり的を得た紹介しているのでそのまま転載する。

・・・第18回朝日作曲賞を受賞し、作曲者が広く知られるきっかけとなった作品の男声合唱版。
  林望の書き下ろしの詩「鎮魂十二頌」からの5篇をテキストにしたこの作品は、作曲者自身が友人の死をきっかけに作曲されたもの。「誰か特定の人のためのレクイエムではなく、何か特定の宗教のためのレクイエムでもない。死を悼むレクイエムではなく、温かい気持ちで死者の魂と心を通わせられるようなレクイエム。すべての人がどこか懐かしく思えるような、無宗教レクイエム」(作曲者)。・・・


  ところで、レクイエムといえば、モーツァルト、フォーレ、ヴェルディが有名だが、これらを想像してはいけない。また「男声合唱及びオーケストラのための『レクイエム』」という男声合唱の不朽の名曲として知られる通称“三木稔のレクイエム”というのがあるが、これは“いかにも感”大有りで筆者にはしっくりこない。失礼ながら、聴いているのがしんどくなる。この『鎮魂の賦』はまったく別物。いわゆるレクイエム感をまったく感じさせないのが良い。

  ついでに言わせてもらうと、レクイエムという名称がつくものであれば、YouTubeに<千原英喜/混声合唱のための「レクイエム」―人麻呂と古代歌謡、ミサ典礼文による― より 「III. 相聞」>がアップされている。この「III. 相聞」を聴く限りなかなか斬新な作品だ。

  指揮:当間修一/合唱:大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団
  https://www.youtube.com/watch?v=76zDt2J3uNQ


■作曲者:上田真樹さんのこと■

  1976.6.4生れ。東京藝術大学音楽学部作曲科卒業。代表作に男声合唱組曲『終わりのない歌』(詩:銀色夏生)、男声合唱とピアノのための組曲『夢の意味』(詩:林 望)、男声合唱組曲「そのあと」、『酒頌』(詩:林 望)などがある。『終わりのない歌』※はVery Good。

  余計な一言になるが、写真を見るかぎり上田真樹さんはなかなかの知的な印象の美人ですよ。

※男声合唱組曲『終わりのない歌』
  https://www.youtube.com/watch?v=O47Bpb7tVUA
  早稲田大学グリークラブ 第59回定期演奏会((委嘱初演)) 東京文化会館大ホール2011.11.27
  作詩:銀色 夏生 作曲:上田 真樹 指揮:高谷 光信 ピアノ:塩見 亮
  1.光よ そして緑 2.月の夜 3.強い感情が僕を襲った 4.終わりのない歌 5.君のそばで会おう


■“鎮魂の賦”の意味■

 鎮魂は理解できるが“賦”に関してはよくわからなかったので筆者なりに調べてみた

***“鎮魂”とは
“鎮魂”とは言うまでもないが人の魂を鎮めることであり、今日では「鎮魂」の意味は死者の魂(霊)を慰めることとなっている。

***“賦”とは
  一方、“賦”というのは、ウィキペディアでは「賦(ふ)とは、古代中国の韻文における文体の一つ。唐の詩や宋の詞などと並び、漢帝国を代表する文芸である。」としているが、どうも筆者にはピンとこない。別途「西洋においては賦に類似するものとして頌歌が挙げられる」との一文があり、これが一番しっくりとくる。
 では、“頌歌”とはどういう歌なのだろう。

◆“頌歌”とは

「大辞林 第三版」の解説がわかりやすいので引用させてもらう。
・神の栄光・仏徳・人の功績などをほめたたえる歌。オード※。

※オード:
1 崇高な主題を多く人や事物などに呼びかける形式で歌う、自由形式の叙情詩。頌歌?(しょうか)?。頌賦?(しょうふ)?。
2 古代ギリシャ劇で、合唱するために作られた詩歌。

「精選版 日本国語大辞典」の解説では、
① ほめたたえてうたうこと。仏教や人の功徳・功績などを礼讚してうたうこと。また、その歌。
② 神の栄光をほめたたえる歌。
  としている。

  頌歌の一例としては、ベートーヴェンの交響曲第9番に使われたフリードリヒ・フォン・シラーの頌歌『歓喜の歌』が最も有名であり、パーセル、ヘンデルらの『聖セシリア祝日の頌歌』などがある。
「大地讃頌」の“讃頌”も同じ意味になるのであろう。


■「男声合唱とピアノのための組曲『鎮魂の賦』」

  慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 第139回定期演奏会 2014.11.22
    指揮:佐藤正浩 ピアノ:前田勝則

   https://www.youtube.com/watch?v=ko3-56hMUfo (1.時の逝く)
  https://www.youtube.com/watch?v=eEqlZTxAXqE (2.家居に)
    https://www.youtube.com/watch?v=spubYPajehI (3.鎮魂の呪)
    https://www.youtube.com/watch?v=dG_Z9qrzRwE (4.死は安らかである)
    https://www.youtube.com/watch?v=0fBOSTx6Pf4 (5.春の日)


  ≪おわり≫
 

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